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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)619号 判決 1993年5月13日

原告

谷本安功

被告

有限会社春輝運輸

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して原告に対し、六〇万円及びこれに対する平成三年四月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自二一〇万円及びこれに対する平成三年四月五日から支払済みまでに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、停止中の選挙用自動車に対向して進行して来た普通貨物自動車が接触し、選挙運動員が負傷し、選挙用自動車が破損した事故に関し、同車の所有者であり、かつ、右選挙用自動車を使用して大阪市議会議員選挙の選挙活動をしていた原告が、右貨物自動車の運転者及びその使用者を被告として、民法七〇九条、七一五条、七一九条に基づき、代車の使用料及び慰謝料の賠償を求め、提訴した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は、争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成三年四月五日午前一〇時二〇分ころ

(二) 場所 大阪市都島区毛馬町五丁目三番一九号路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 被害車 原告が所有し、訴外小玉福弘(以下「小玉」という。)が運転していた普通貨物自動車(大阪四〇ぬ三六九九、以下「原告車」という。)

(四) 事故車 被告有限会社春輝運輸が(以下「被告会社」という。)が保有し、かつ、同田中康貴(以下「被告田中」という。)運転していた普通貨物自動車(和一一あ五一二七、以下「被告車」という。)

(五) 事故態様 停止中の原告車の右後部に対向して右折進行して来た被告車の右側面部が接触し、選挙運動員が負傷し、原告車が破損したもの(甲第一九号証)

2  被告会社と被告田中との関係

被告会社は、一般区域貨物自動車運送事業を営むことを目的とする有限会社であり、被告田中は本件事故当時、同社の従業員であつた。

二  争点

1  事故態様及び過失相殺

(被告らの主張)

本件事故当時、被告車の進行方向に向かい左側及び同前方左側に駐車車両があり、もともと道路幅が狭い上、これら駐車車両のため、使用できる道路幅が狭かつた。被告車の車長は約八・四メートルあり、内輪差、外輪差が普通乗用車より大きいため、原告車横を通過するには、道路中心線から右に入り、本件車両に接近した形をとらざるを得なかつた。被告田中は、時速約一〇キロメートルで進行したが、結局、自車をコントロールしきれず、自車右側面のゴム製突起物を、原告車の後部ハツチドア部分に引つ掛け、こじあけるような形となつた。原告が主張するように、被告車は、時速三〇キロメートル以上で強引に進行したものではなく、過失の程度は小さい。

原告についていえば、予め選挙カーと同車種の車両と選挙期間中、借りておくとか、緊急事態の場合、直ちに借りられるようにするとかの備えはできるはずである。候補者その他選挙運動の中核となる者の怪我・疾病に備え、連絡網の準備もしておくべきである。しかし、原告は、右のような備えをしておらず、本件事故後、一から代車の手配をしたため、時間を要したし、借りた車も車種が違うということで、看板や放送器具の代車への備え付けにも時間を要した。看板や放送器具の備え付け作業に原告自身かかりきりだつたようであるが、本件事故で使えなくなつた男手は一人だけであり、緊急事態における人手確保の点も事前の備えが不十分であつたといわざるを得ない。街頭演説ができず、支持者に待ちぼうけを食わせた点も、本件事故は午前一〇時二〇分に発生したのであるから、選挙事務所に連絡を入れ、各街頭演説予定地又は支持者と適切に電話ないし運動員が自転車で走るという方法で連絡することでこのような事態は回避可能であつたし、緊急事態に備えた適切な人員配置をしておけば、原告自身が機材等の付け換え作業のためはりついている必要はなく、自転車で街頭演説予定地点に行けたはずである。

したがつて、原告側の落度が被害を大きくしたことは否めず、事前の損害があれば時間のロスを回避できた部分は、本件事故と相当因果関係がなく、そうでないとしても大幅な過失相殺がされるべきである(なお、原告が本件事後処理のため個人演説会を早目に切り上げなければならない必要はなく、本件事故と因果関係はない。)。

(原告の主張)

本件事故現場の道路の幅員は六メートルあり、被告車の側からみて極めて見通しの良い交差点であるところ、被告田中は、一時停止の車両がいわゆる選挙用自動車であり、原告が選挙運動を展開中であるのを現認しつつ、被告車において徐行するとともに、右カーブを中央線に沿つて進行すれば、同車の通過待ちのため停止していた原告車と衝突することはあり得ないのに、時速三〇キロメートル以上の速度で、中央線の内側(対向車線内)を強引に進行したため、被告車の右側側面が原告車の右後部ボデイーに激しく衝突し、同車両全体を持上げ、道路西側に設置されていた側棚に衝突させた(なお、右側側面が、原告車の右後部ボデイーに衝突し、強くボデイーを擦り、引つ掛ける形となつた。)。

右事故の態様に鑑みれば、被告田中には、故意若しくは重大な過失が認められる。

なお、被告車は、本件事故後、ブレーキをかけることなく、そのまま通り過ぎようとしたので、原告が「止れ」と叫んだところ、同車はようやく、原告の位置を通過して停止した。被告田中は、被告車から降車したが、開口一番、「何が選挙やねん。票なんて入るか」と暴言を吐き、立ち去ろうとした。

原告車に乗り選挙運動を展開中の小玉、木下、山尾の三名の運動員は本件事故後、頭を抱え、路上にうずくまつた。右事故の態様及び事故直後の被告田中の対応により、原告及びその場の運動員は、意図的な選挙妨害と認識し、運動員全体を恐怖の底に陥れた。

現行の公職選挙法のもとでは、選挙は完全な管理選挙になつており、事前運動は一切許されず、選挙運動期間も九日間という極めて限られた期間に制限され、選挙運動のため支出することが認められる費用も低額に制限され、選挙運動の方法にも幾多の制限がなされている。このような体制の中では、本件事故のような突発事態は選挙の流れに致命的な影響を与えると考えられる。突発事態に対応した事前の備えをなすとか、突発事態に対応して機敏に運動方法の転換をなすことは容易ではない。

2  損害の発生

(原告の主張)

原告は、被告田中の故意若しくは重大な過失により惹起された本件事故により、原告車を奪われ、選挙運動員の小玉、木下、山尾の負傷により、同人等のその後街頭運動をなすのが疎外されただけでなく、本件交通事故のニユースは、本件事故現場に居合せた運動員だけでなく、原告車の選挙事務所に居た者全員に候補者がやられたとの深刻な衝撃を与え、大きな波紋を引き起こした。本件事故により、丸半日も選挙自動車による街頭運動をなすことが不可能になつただけでなく、気をとり直した原告が小玉等以下の運動員と徒歩で街頭の運動をなしたところ、運動員は自分等にも何時ぶつかつてこられるかわからないとの恐怖心で声がでない状態であつた。代車の手配がようやく完了し、選挙用自動車で街頭演説に出発しようとして、運動員から恐ろしいので街頭に出るのは止めさせて欲しいと懇請され、原告はやむなく知り合いの奥さんに依頼したものの、街頭運動は様にならなかつた。翌日の選挙用自動車による街頭運動も、うぐいす嬢の拒否で、仕方なく、他の女性を手配する必要に迫られた。

原告は、原告車を急いでガレージに入れ、代車を確保するまでの間、看板の付け換え作業に目配り、気配りしつつ、合間に選挙事務所の周辺を恐怖心で全く元気のない運動員と、ハンドマイクの小さな声だけで、意気消沈した状態で街頭運動をした。原告は、こんなみじめな選挙にしてくれてと涙を流しながら、選挙運動員も半泣きの状態で街頭を歩き、有権者からも「選挙をやるきがあるのか」「元気がない」などの指摘を受けた。

公明正大かつ快活なパーソナリテイーをアピールして正々堂々元気一杯に選挙戦を進めてきた原告にとつて、これらのことは耐えられない出来事であり、原告の人格や誇り、原告の候補者としての人格を毀損され、多大な損害を被つた。

しかも、本件事故は、投票日の二日前という追込みの最も重要な時期に、運転手・運動員の負傷、休養を生じさせ、原告から運転手、運動員を奪つただけでなく、選挙用自動車をも奪い、原告の選挙事務所を極度の混乱に陥らせたものであり、原告の選挙運動が著しく侵害されたものであるから、速やかな損害の填補がなされるべきである。

(被告らの主張)

選挙運動が侵害されたとの精神的苦痛には、それにより選挙民へのアピールが不十分になり落選したが、侵害されなければ、十分アピールでき、当選したかも知れないという精神的苦痛の場合と、選挙運動を通じて自己の政治的信条を人に伝える機会が損われたという精神的苦痛の場合とがある。前者の場合、慰謝料の発生を認めるためには、少なくともある程度具体的に、選挙運動が侵害されなければ当選する可能性があつたといえることが前提条件となり、後者の場合、選挙運動期間中でなくても、例えば駅前で演説をするという形で代替手段がある等、被侵害利益は特に大きいとはいえず、本件のように侵害態様が過失である場合、相関関係からも慰謝料は発生しないと考えべきである。

また、原告主張の人格権侵害という点は、全て原告及び原告陣営の者が本件事故を意図的な選挙妨害と考えた点に起因する。しかし、本件事故は、意図的な選挙妨害に基づくものではないし、原告がそう信ずることが無理からぬ事情もないから、かかる主張は失当である。

第三争点に対する判断

一  本件事故の態様及び責任原因

後掲の各証拠に原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、別紙図面のとおり、北西方向から弯曲して南方へ通じる片側一車線(幅員合計六メートル)の道路(以下「本件道路」という。)と南東へ通じる交差道路(以下「交差道路」という。)との三叉路型交差点(以下「本件交差点」という。)にある。

小玉は、原告車を運転し、選挙活動のために運動員を乗せ、本件道路を南から北西方向へ走行させていたが、本件交差点の北西側角に駐車車両があり、対向車線を被告車が本件交差点に向かい進行して来たため、右駐車車両の後方に一時停車し、被告車の通過を待つた。被告田中は、被告車を運転し、停止している原告車の側方を通過しようとしたが、本件交差点の南側角に他の車両が駐車していたため、同車との接触を避けるべく、本件交差点中央付近を自車を対向車線にはみ出して右折した。しかし、被告車の車長が八・四メートルと長かつたため、同車右側面後輪の上部のゴム状の突起物が原告車の右後部ドア角と接触し、原告車右後部は一旦浮き上がり、左側面が左側鉄柵に接触するなどした。この結果、被告車には、右側面後輪から三五〇センチメートル、高さ三八ないし一〇四センチメートルにわたり擦過痕が生じ、原告車には、右後角に高さ三六ないし一〇四センチメートルの凹損、擦過痕が生じ、後部ドアがまくれ上がり、その窓ガラスが割れ、同車左側面に擦過痕が生じた(甲第一九号証、第二〇号証、検甲第一ないし第四号証、乙第三号証)。また、小玉は、約二週間の加療を要する頸椎捻挫、頭部打撲の、同車に同乗し、選挙運動に従事していた木下令子、山尾佳永子はそれぞれ約一週間、約二週間の加療を要する頸椎捻挫の傷害を負つた(甲第一ないし三号証)。

2  右認定事実によれば、被告田中としては、被告車を運転し、停止中の原告車の側方を通過する際、自車の右側面が原告車と接触することのないようその安全を確かめ、右折進行すべき注意義務があるのに、自車右側面と原告車との距離等を十分確認せず漫然右折進行した過失があるものと認められ、また、被告会社は被告田中の使用者であるところ、被告田中は、同社の業務を遂行中本件事故を惹起したものであるから、被告両名はそれぞれ本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

二  精神的損害、過失相殺

1  本件事故に関し、原告は、人的損害についての直接被害者ではなく、いわゆる間接被害者にすぎず、物的損害である原告車の損害についての直接被害者に他ならない。かかる場合、原告に何らかの精神的打撃が生じたとしても、原則として物的損害の填補により慰謝されるべきであるが、人格的利益が侵害される等右填補のみによつては償いきれない有形、無形の損害が生じたと認めるべき特段の事情がある場合には、法的保護に値する精神的損害の発生し、かつ、同損害と当該事故との間には相当因果関係があるものと認めるのが相当である。

そして、かかる特段の事情の有無は、前記認定にかかる本件事故の態様のみならず、本件事故に至る経緯、本件事故後の経緯等に照らし、物的損害の填補によつては償いきれない有形、無形の損害が発生したか否かを判断する必要があるので、以下、検討を加えることとする。

2  本件事故に至る経緯

後掲の各証拠及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故に至る経緯として、次の事実が認められる。

原告は、平成三年四月七日に執行された大阪市議会議員一般選挙の候補者であつたところ、同選挙の主要日程は、次のとおりであつた(甲第一六ないし第一八号証、なお、以下ことわりのない限り、平成三年の月日である。)。

(一) 三月二九日 選挙期日告示日、立候補届出期日、選挙公報掲載申請期日、ポスター掲示場へ掲示を開始することができる期日

(二) 四月四日 公営施設使用の個人演説会開催申出期限、選挙立会人届出期限

(三) 四月七日 選挙期日(投票・開票期日)

右選挙のための運動期間は、候補者届けを選挙長が受理した時から選挙期日の前日までであり、使用できる政治活動用自動車は、台数は本部支部を通じて一台(所属候補者の数が三人を超える場合は、五人を増すごとに一台を加算した台数)であり、市選管が交付する表示物をつけなければならないなどの制限があつた。

原告は、彫刻グラビア株式会社に勤務しているところ、初めて大阪市議会議員選挙に立候補するため、後援会である「あすなろ会」を結成し、平成二年一二月から政治活動における政策のPRのため、大阪府都島警察署から一週間ごとに道路使用許可をもらい、車上にスローガンを掲げ、スピーカー・アンプを搭載し、街頭活動をしていた。原告は、それまで立候補の経験はなく、初の立候補であり、自民党の公認ないし推薦を受けることができなかつため当初から当選は困難であることが予想されたものの、次回の選挙のための基礎固めという気持ちもあり、立候補を決意していた。原告は、平成三年三月三日、右選挙に立候補するため、同年四月一二日までの予定で有給休暇をとり、右選挙に都島区から候補者として立候補し、選挙運動中、本件事故に遭遇した(甲台八号証ないし第一〇号証、原告本人尋問の結果)。

3  本件事故後の経緯

後掲の各証拠及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故後の経緯として、次の事実が認められる。

平成三年四月五日午前一〇時二〇分ころ、本件事故が発生した。原告は、事故直後、被告田中に対し、右事故を起こしたことを責めたが、その際、同被告は、原告に対し「選挙は落ちるものは落ちる」などの返答をした。原告は、原告車に乗車していた運動員の身体の状況を確認後、選挙事務所に戻り、同日午前一一時五〇分ころ、友人の角野忠司から代車を借用し、同日午後一時四〇分ころ、原告車と代車とを貸しガレージ内に搬入し、原告車から看板、放送器具類を代車に移し替える作業を電気店に依頼し、前記原告車に乗り合わせていた運動員に近くの整骨院で治療を受けさせるなどした。その後、原告は、他の運動員とともに、事務所の近くでハンドマイクを用い、徒歩による選挙運動をしたが、事故による精神的衝撃のため、精彩を欠いていた。同日午後五時ころ、原告は、代車に関し、都島警察署から道路使用の許可をとり、同日午後六時ころから、右代車を使用しての選挙運動を再開した(甲第二二号証、乙第三号証、原告本人尋問の結果。なお、原告は、被告田中の態度は、右認定を超えて極めて不謹慎なものであつた旨主張するが、このことを認めるに足る的確な証拠はない。)。

原告は、その後、即円寺、都島小学校で個人演説会を開催したが、精彩を欠き、被告田中が選挙事務所に来たことを知り、同事務所に戻つたが、本件事故の処理について実りのある話し合いはできなかつた(甲第二二号証)。

なお、同日七日に施行された大阪市会議員選挙の都島区の結果は、立候補者は原告を含む六名であり、当選者はそのうちの三名であつて、当選者のうち最下位の者の得票数は約八千票であつたのに対し、原告の得票数は一一七〇票であり、最下位であつた(原告本人尋問の結果)。

4  慰謝料(請求額二〇〇万円)の適否について 五〇万円

以上の認定事実によれば、原告は、初めて大阪市議会議員選挙に立候補するため、後援会を結成し、平成二年一二月から政治活動における政策のPRのため、警察署から道路使用許可をもらい、車上にスローガンを掲げ、スピーカー・アンプを搭載し、街頭活動をしていたこと、平成三年三月三日、同選挙に立候補するため、同年四月一二日までの予定で有給休暇をとり、右選挙に都島区から候補者として立候補し、選挙運動中、投票日の二日前である同年四月五日、本件事故に遭遇したこと、原告は、本件事故後、負傷した運動員の身体の状況を確認後、友人から代車を借用し、同日午後一時四〇分ころ、原告車と代車とを貸しガレージ内に搬入し、原告車から看板、放送器具類を代車に移し替える作業を電気店に依頼したこと、その後、原告は、他の運動員とともに、事務所の近くでハンドマイクを用い、徒歩による選挙運動をしたが、事故による精神的衝撃のため、同運動は精彩を欠いていたこと、同日午後五時ころ、原告は、代車に関し、都島警察署から道路使用の許可をとり、同日午後六時ころから、右代車を使用しての選挙運動を再開し、原告は、その後、即円寺、都島小学校で個人演説会を開催したが、前同様の理由により、精彩を欠いていたこと、被告田中が選挙事務所に来たことを知り、同事務所に戻つたが、本件事故の処理について実りのある話し合いはできなかつたこと、同月七日に施行された大阪市会議員選挙の都島区の結果は、立候補者は原告を含む六名であり、当選者はそのうちの三名であつて、当選者のうち最下位の者の得票数は約八千票であつたのに対し、原告の得票数は一一七〇票であり、最下位であり、その主たる原因は、原告の立候補が初めての者である上、政党による公認、推薦等を得られなかつたことによるものと推認されることがそれぞれ認められる。

したがつて、本件では、原告について、原告車の修理代等の物損の填補によつては償いきれない有形、無形の人格的利益の損害が生じたものと認めるべき特段の事情があり、同損害は慰謝料としての法的保護に値し、かつ、同損害と本件事故との間には相当因果関係があるものというべきであり、前記諸事情、特に本件事故は、投票日の二日前という選挙活動にとつて極めて重要な時期に外宣活動の主要な手段である選挙用自動車を使用しての活動が半日困難となり、また、代車への対応等のためその他の活動にも種々支障を来したこと、他方、本件事故が被告らの意図的な選挙妨害に基づくものであることを認めるに足る証拠はなく、本件事故が原告の前記選挙における当選の可否に直接影響をもたらしたとまでは認め難いことなどの諸事情を勘案すると、右損害については五〇万円をもつて慰謝すべきものと認めるのが相当である。

5  原告の損害の不発生、過失相殺の主張についての判断

なお、右認定に関し、被告らは、精神的損害の発生、因果関係を争い、かつ、仮に損害が認められるとしても過失相殺により減額がされるべきであるとして種々主張するので、以下、検討を加えておくこととする。

被告らは、原告は、予め選挙カーと同車種の車両と選挙期間中、借りておくとか、緊急事態の場合、直ちに借りられるようにするとかの備えはできるはずであり、緊急事態に備えた適切な人員配置をしておけば、原告自身が機材等の付け換え作業のためはりついている必要はなく、自転車で街頭演説予定地点に行けはずであり、原告が本件事後処理のため個人演説会を早目に切り上げなければならない旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、右選挙のための運動期間は、候補者届けを選挙長が受理した時から選挙期日の前日までであり、使用できる政治活動用自動車は、台数は本部支部を通じて一台であり、市選管が交付する表示物をつけなければならないなどの制限があり、その他人員等についても種々の制限があつたこと、選挙活動は、運動資金が潤沢な者のみが行い得るものではなく、原告のように必ずしも資金が豊かとまでは認め難い者が行うことも許されているのであり、原告が緊急事態に備えた適切な人員配置を用意出来なかつたとしても、そのことをもつて原告の落度として非難することは相当ではないこと、原告にとつて、前記選挙は初めての選挙であり、党の公認、推薦も得られず、いわゆるプロの選挙活動家にも依頼できず、原告の選挙運動を推進していたのは経験の乏しい知人、友人、アルバイトの人々などであつたのであるから、本件事故処理を原告以外の者に任せるのは容易ではなく、原告自らが処理を指揮することは致し方なかつたものといわざるを得ない(なお、被告田中の来訪による個人演説会の中断は、原告の裁量的判断でなされたものであり、右中断を余儀なくされたとみるべき特段の事情を見出し難い本件においては、慰謝料の発生に関し斟酌すべき事情には該当しない。)。

また、被告らは、選挙運動が侵害されたとの精神的苦痛には、それにより選挙民へのアピールが不十分になり落選したが、侵害されなければ、十分アピールでき、当選したかも知れないという精神的苦痛の場合と、選挙運動を通じて自己の政治的信条を人に伝える機会が損われたという精神的苦痛の場合とがあるが、前者の場合、慰謝料の発生を認めるためには、少なくともある程度具体的に、選挙運動が侵害されなければ当選する可能性があつたといえることが前提条件となり、後者の場合、選挙運動期間中でなくても、例えば駅前で演説をするという形で代替手段がある等、被侵害利益は特に大きいとはいえず、本件のように侵害態様が過失である場合、相関関係からも慰謝料は発生しないと考えるべきであると主張する。

原告にとつて、前記選挙は初めてのものであり、党の公認や推薦もなかつたのであるから、本件事故がなければ当選する蓋然性は低かつたものと考えざるを得ず、また、選挙運動期間外でも何らかの街頭宣伝運動等が可能であることは事実であるが、さりとて、投票日の二日前という選挙運動にとつて重要な時期に、選挙用自動車が日中使用できなくなり、運転手・運動員が負傷し、右運動ができなくなつたものであるから、当選の蓋然性や同日以外の政治活動の可否とは別に、原告に有形、無形の精神的損害が生じたものと認められ、また、右損害の発生に関し、原告に過失があるとして過失相殺することも相当ではない。

また、被告らは、原告主張の人格権侵害という点は、全て原告及び原告陣営の者が本件事故を意図的な選挙妨害と考えた点に起因するが、本件事故は、意図的な選挙妨害に基づくものではないし、原告がそう信ずることが無理からぬ事情もないから、かかる主張は失当であると主張する。

本件事故が被告田中及び被告会社の意図的な選挙妨害によるものであること、ないしは原告がそう信ずることが無理からぬ事情もがあることを認めるに足る証拠がないことは所論のとおりであるが、そのこととは別に、原告に物的損害の填補によつては償いきれない有形無形の損害を認め得ることは前記認定のとおりであるから、右被告らの主張もまた採用できない。

したがつて、被告らの精神的損害の不発生、因果関係の不存在、過失相殺の主張はいずれも失当であるから、前記認定のとおり、本件事故による精神的損害に関し、原告は五〇万円を慰謝料として被告らに請求し得るものといわざるを得ない。

三  代車使用料損害(請求額一〇万円) 一〇万円

甲第一四、第二一、第二二号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故後、知人の角野耕司から破損した原告車の代車として平成三年四月一四日ころまで、原告車と同種車両を借用、使用し、その使用料として一〇万円を支払つたことが認められる。

乙第二号証によれば、荷台一・九メートルの軽四輪トラツクを借用した場合のレンタカー料金は二日まで一万二〇〇〇円、その後一日につき四〇〇〇円が相場であり、他方、甲第二三号証によれば、ライトバンエースを借用した場合の同料金は一日一万一一〇〇円、以後一日につき八四〇〇円であり、カローラバンを借用した場合、一日一万〇五〇〇円、以後一日につき八〇〇〇円であることが認められる。原告車は、普通貨物自動車である昭和五八年ホンダアルテイーストリートであり、比較的小型のバン型の自動車であるところ、これらのうち、いずれが原告車の代替車として選挙活動に使用することが適しているかの判断は困難であるが、車両の修理に要する期間は、経験則上、通例二週間以上を要することが少なくないから、その間、仮にカローラバンをレンタカー会社から借用したとした場合、少なくとも一一万四五〇〇円の費用を要するものと見込まれる。

このことと、本件においては、原告車が破損した結果、選挙用自動車として利用するのに便宜な車両を可及的に早く入手する必要があり、比較的廉価な車両を選択するいとまはなかつたことを併せ考慮すると、代車使用料としての前記一〇万円の出捐は必要性、相当性が認められ、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

四  まとめ

以上の次第で、原告の被告らに対する請求は、連帯して六〇万円及びこれに対する本件事故の日である平成三年四月五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

別紙 <省略>

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